自転車に乗り何も考えず本能の趣くままに走っていると
(分岐点では好きな道を自然と嗅ぎ分けて)
谷中霊園を越えて東京藝大から上野公園の方へ向かっていることが間間ある
家からほどよい距離にあり、日当たりがよく、人がギラギラしていない
根津のヘビ道を抜けたところにある
古本・古道具屋の「不思議」 (不思議と書いてはてなと読む)は
不思議な店で、いつ立ち寄っても何かしらの本や昭和のマッチ箱や
色の着いた試験管などわけのわからないものを買ってしまう。
そして大抵のものは知らない間に家のどこかへ消えていき
また自転車に乗りふらりこの店にやってくる
店のおやじは話が好きで、いつも客をつかまえて話し込んでいる。
その日は、藝大の学生(この春地方から上京してきたばかりだという)
と、大学の建築家の先生の話だとか天井桟敷のポスターに感激した話だとか、
着地点の見えない、というよりは着地点を用意しない会話を延々と続けており、
その間中ずっと僕は会話の中身を適当に盗み聞きしながら、
めずらしい本や映画のパンフレット、
機能を失ってただそこにある二眼レフカメラ(のようなもの)を
品定めしていた
ボーンと時計が3時半を知らせたとき そういえば昔ここで買った
稲垣足穂の本に壮大な落書きがあって
これはいつか文句を言いに行こうと思っていたことを思い出し、
二人の会話がひと段落した間隙をねらって、
すいませんむかしここで買った本に落書きがあっておどろきましたよと
僕は言った。
おやじはそうですかそれはよい出会いができましたねだいじにしてやってくださいな
と言った。
藝大生はわたしもときどき線を引いたり注釈やイラストをかいて確信犯的に
古本屋さんに持ち込んだりしよる
と言った。
すかさず、おやじが突き出したチラシには偶然か必然か
落書古本展を企画したとの旨が書いてある
本に何か書いてしまうのは飯を食って糞尿をするのとおなじだよなとおやじが続けたので
じゃあ落書きの本は糞尿ですかと聴きかえすと
ふぉふぉと言ったまま笑ってこっちを見ていた
早く家に帰って 落書きの書かれた足穂を探さねばと思い
帰りは自転車のギヤをずっと6段で扱いだ。
この店はいつも、入る時と出るときで気持ちが一転してしまう不思議なところがある
そうして、帰ってからやっぱり足穂の本は見つからず、その上、
今日買ったばかりのはずの何かガラクタのようなものもすでに無い
店に置いてきた気も多分にする、からまぁいいかと思った。
歓喜とは出て行くこと 家々を過ぎ 岬を過ぎ永遠の中へ深く
今週は、読みすすめている「ピストルズ」(阿部和重著)に、少しずつ
鉛筆で何か書いたりして、やっぱり消したりして、会社と家を往復する日々
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